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株式会社陣屋

2023年10月27日

廃業の危機にあった旅館が
地域観光を牽引する存在に

株式会社陣屋

事業内容:旅館「鶴巻温泉 元湯 陣屋」の運営

業種
宿泊業、飲食サービス業
地域
神奈川県
従業員数
50名以下
取り組みの概要
  1. ポイント1

    • 従業員への経営状態の開示
    • 経営改革とそれに欠かせないデジタル化の必要性の訴求
  2. ポイント2

    • 社内SNS等による均一でタイムリーな情報交換を通じた学び合い
    • デジタル機器の活用法の習得を通じた自主的な学び合いの風土醸成
  3. ポイント3

    • OJTの中にOFF-JTを効果的に組み込んだ取り組み
    • 副業の推奨や新規事業の立ち上げによる機会の確保
取り組みの成果
従業員と一丸となって取り組んだデジタル化により生産性が向上
週休3日制の導入や賃金アップも実現

神奈川県秦野市の鶴巻温泉にある「元湯 陣屋」は、創業から100年以上の歴史を持つが、かつては経営危機に陥ったこともあった。女将の宮﨑知子さんは、夫が陣屋の経営を親から引き継いだのを機に、夫婦で再建に取り組んだ。デジタル化とそれに伴う人材開発を進めて経営を建て直し、現在では他県にも旅館の経営・運営事業を展開。また、再建に寄与した旅館管理システム「陣屋コネクト」を同業他社に提供する会社も立ち上げている。陣屋の再建の歩みと、デジタル化に不可欠だった従業員の学び・学び直しについて、宮﨑さんにお話を伺った。

「陣屋を倒産させないこと」からのスタート

将棋や囲碁のタイトル戦が行われることでも有名な陣屋

宮﨑さん夫妻が陣屋の経営を引き継いだ2009年は、バブル期には5億円あったという売上が2億9000万円にまで減少し、EBITDA(税引前利益に支払利息と減価償却費を加えた利益)はマイナス6000万円と廃業の危機にあった。

宮崎さん:経営分析をしようにも、紙の台帳しかなく、それを整理するだけで膨大な時間がかかりました。パソコンを使える従業員は、私と主人を除けば1人しかいないという状態だったんです。

接客に必要な顧客の情報が一部の従業員にしか把握されていないなど、日常的な業務においても非効率的な面が多々あったという。

宮崎さん:もともと業界の離職率は高いのですが、陣屋も人材の出入りが頻繁にありました。教えては退社の繰り返しでは、教える側も疲弊してしまうため、いかに従業員に定着してもらうかも当時の課題でした。

大正・昭和時代の仕事のやり方からの変革

経営を立て直すには、一元的なデータ管理による「情報の見える化」が不可欠。また、業務の効率化やサービスの向上を実現するために、従業員全員が同じ情報にアクセスし、それぞれが主体的に業務を進められる環境づくりも求められた。

宮崎さん:最初は人材育成や学び・学び直しについて、特に検討していなかったんです。

しかし経営にデジタルを取り入れるとなれば、すべての従業員が業務に必要なITリテラシーを習得しなければならなかった。また、従業員に経営改革の必要性を理解してもらい、デジタルを活用した業務改善やマルチタスク化に取り組む姿勢をいかに持たせるかも課題だった。

陣屋での人材開発は、「デジタルを受け入れ、経営改革についてきてくれる人を増やす」という方向性のもとスタートした。

陣屋の4代目女将を務める宮﨑知子さん。夫婦とも、宿泊業の経験はなかったという

デジタル化に不可欠だった従業員の学び・学び直し

デジタル化に必要なツールを調達するにあたっては、高額な費用がかかる既存の旅館向け基幹システムを利用するのではなく、汎用性の高いクラウドサービスをベースに「陣屋コネクト」という旅館管理システムを自ら開発した。予約管理、社内SNS、売上管理、経営分析といった機能を持たせたが、せっかくのシステムも従業員に使ってもらえなければ意味がない。

業務の効率化や従業員のマルチタスク化を実現した「陣屋コネクト」

ポイント1
従業員への経営状態の開示、経営改革とそれに欠かせないデジタル化の必要性の訴求

そこで宮﨑さんは、経営状態やKPI、目指すべき姿を明確に示し、システムに組み込んだ社内SNSも活用して経営改革の必要性やデジタル化の意義を粘り強く説明した。しかし、システム導入当時は、デジタル端末に慣れていない従業員も多く、画面に表示された情報を紙にメモする姿も見られたという。紙文化に慣れた業務環境では、ITツールを導入しても形骸化することが少なくない。

宮崎さん:IDやパスワードを入力することも難しいという人が多かったんです。同じことを10回以上聞かれたこともありました。

それでも宮﨑さんは、根気よく教えることを徹底した。

ポイント2
社内SNS等による均一でタイムリーな情報交換や、デジタル機器の活用法の習得を通じた自主的な学び合いの風土醸成

陣屋では他にも勤怠管理機能をシステムに組み込むなど、従業員が使わざるを得ない環境も徐々につくり、ITツールの活用法の教え合いや、社内SNSなどを通じての情報交換といった学び合いを促進した。その結果、2年半の時間がかかったが、従業員全員が部分的にでもシステムを使えるようになった。
デジタル化やそれに伴う学び直しのなかで積極的な役割を担った従業員に対しては、負担が集中しないように適切な労務管理を行うとともに、処遇にも反映させた。

ポイント3
OJTの中にOFF-JTを効果的に組み込んだ取り組み

このような取り組みを行った結果、教え役の従業員の意欲も高まり、自らわかりやすいマニュアルを作成するなど、さらなる貢献も見られたそうだ。

宮崎さん:マニュアルなどは詳細につくっても、なかなかすべてを読んでもらえません。そこで、インターネット上のレシピ紹介サイトにある調理の手順のように、1、2、3、4とステップごとに簡潔な文章でまとめ、画像も添えてわかりやすくしたんです。

このアイデアは、宮崎さんがあるイベントに参加した際に得た情報がヒントになったといい、社内システムを通して配信された。

スマートフォンに接続されたインカムも活用して、接客に必要な情報などを瞬時に共有する

宮崎さん:外に出てみると新たに学べることがたくさんあって、視野が広がったように感じます。

一律でのOFF-JTが難しいという制約があるなかで、新たな手法を取り入れ、業務に必要な情報や知識を効果的に発信することで、OJTでの学びも促進された。

デジタル化により生産性が向上し、更なる挑戦も

従業員だけではなく、経営者も学び・学び直しに取り組んでデジタル化を強力に推進したことで、業務が大幅に効率化した。社内SNSや定例会の場を活用した情報共有や、付加価値を高める取組に力を入れることでサービスの向上が進み、経営も大幅に改善したという。

また、デジタル化や学び・学び直しの成果について、他者から賞賛を受けるようになったことが、従業員の意欲を向上させた。

宮崎さん:お客様からお褒めの言葉をかけていただいたり、デジタル化の成功事例として視察を受けたりすることが、従業員のモチベーションにつながりました。第三者に認めてもらうことで自分たちの取り組みが価値あるものだったと気づいたようで、意識改革が飛躍的に進みました。

ポイント3
副業の推奨や新規事業の立ち上げによる機会の確保

業務の効率化などを受けて、2014年には週2日の休館日を設け、16年からは週3日に増やしたが、その一方で17年には大幅な賃上げも達成している。ES(従業員満足)が向上し、旅館の経営を引き継いだ当初に課題となっていた離職率も33%から3~4%にまで下がった。従業員のマルチタスク化が進んだ現在は、週休3日制も実現し、新たな学びの機会も得やすくなったという。

宮崎さん:週休3日制になり、残業時間も減ったので、副業も許可しました。自分が得意なことや興味を持っていることに挑戦している人も少なくありません。

陣屋の取り組みは、成功事例として多くの注目を集めた

副業で動画の編集やSNSの運用などについて学び、それを本業にいかす従業員もあらわれた。また陣屋グループでは、デジタル化のモデルケースとなる系列店をオープンさせたり、陣屋コネクトのノウハウを提供したりと、多方面に事業を展開しているが、それに若手従業員が参加することもある。こういった多彩な学びや学び直しの機会をもとに、従業員のキャリア形成の幅が大きく広がり、就業意識も多様化しはじめた。
業種の特性上、これまで従業員のキャリア形成は固定的になりがちだったが、多様な働き方を可能とし、キャリアや人材活用の新たな可能性を感じさせる事例となった。

本事例で特に力を入れて取り組んだ職場における学び・学び直し促進
ガイドライン

Ⅱ 労使が取り組むべき事項

Company date企業データ

株式会社陣屋
代表取締役女将:宮﨑知子
所在地:神奈川県秦野市鶴巻北2-8-24
従業員数:46名(2023年9月現在)
創業:1918年
資本金:10,000万円
事業内容:旅館「鶴巻温泉 元湯 陣屋」の運営
企業HP:https://www.jinya-inn.com/

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